雑文#2. カップラーメンを食べる人たち

みんなよくカップラーメンを食べるなぁ、と思う。

(以下、カップ麺)

 

コワーキングスペースで働いていた編集者の人も記者の人もよくカップ麺を食べていた。

ついこの間まで一緒に暮らしていた友達もよく食べていた。

 

そういえば現場仕事の友人も“昼飯はカップ麺とおにぎり”と言っていたな。

そして

今一緒に仕事をしている経営者の人もカップ麺を食べている。

 

カップ麺を食べている人は

みんな頑張っている。

 

僕の友人以外はちゃんとしたラーメンを店で座りながら食べられるお金が全然あるはずなのに。

 

なぜみんなカップ麺を選ぶのだろう?

 

恐らく理由はものすごくシンプルで山がそこにあるように「カップ麺がそこにあるから」だろう。

 

頑張っている人が

カップ麺を食べる姿はなんだかカッコいい。

 

充分にサクセスした人間がカップ麺を啜っていると“俺もカップ麺啜りたい”ってなるだろう(僕だけか)。

 

「カップ麺」そして「サクセス」という言葉を思い浮かべたときに、僕の頭に真っ先に浮かぶ人物は宮崎駿氏>だ。彼のドキュメンタリーにはやけにカップ麺が出てくる気がする。

 

カップ麺を食べている人たちを見ていると

<今日のご飯は何にしよう>という問いは

つくづく不毛なのではないか?と感じてしまう自分がいる。

 

もちろん不毛ではないのだ。

<人間の体は食べるものからできている>というのは間違いないし、僕も実感としてそれを強くとらえている。

 

しかし

短いような長いような人生の中で少しくらいカップ麺を啜りまくる時期があってもよいのでないか。

 

身体のため、心のために

いつもベストを尽くすのは疲れる。

 

だから

とりあえずカップ麺で腹を満たし

仕事に打ち込む時期があっても

全然いいのだ。

 

そもそも

カップ麺ってすごい美味しいしね。