お金を稼ぐのが答えならそれはあまりにも簡単すぎる

僕はお金に困った家庭で育った。

いや
"育っていたようだ"というのが正しい。
父親が病気で他界した後に
彼が頭を下げてお金を借りるほど
家庭を維持するのに苦労していたことを知らされた。

"頭を下げて"
言葉の調子でそう書いたが
果たしてそれは本当か。

僕はそれすら知ることはない。

お金を考えることになったのは14歳
父の死後がそうさせた。

金持ちになろう」と思った。

金を持つことが人生の目的であり
僕の人生の答えであるように考えた。

しかしすぐに
その答えは大きく間違っていることに気が付きはじめてた。

少なくとも、この僕の人生において

僕の身体、僕の精神にはその適性がまったくないのだ。


この適性という言葉を明確にするなら
競争力」だ。

僕は人に勝てない。
スポーツでも勉強でも、いつも負けてばかり。

そして
負けても特に悔しいと感じたことはない。

"これ終わったら何しようかな"
って思ってる。

お金を稼ぐには
稼ぐ能力を手に入れるための
基本的知識と経験に加えて競争力を必要とする。

「お金を稼ぐことが人生の目的あり幸福への道である」

この考えにフィットできないことがわかった。

そうだったら、それはあまりにも簡単すぎる答えだ。

そう思ってしまうのは適性がないからだろうか。

僕のこの考え方は「理想的主義」にうつるだろう。

この理想主義的な考えの正しさを証明することできない。

宗教と同じようなものかもしれない。

証明できなければ信用されない。

だから、世界は理想主義とは真逆の方向で動いている。

22歳で自分で全体的な生活を立てたことがない若造の戯言

そう思われることは間違いない。

しかし
僕だってお金に困っていない訳ではない。

120万円ほど借金がある。
中退した大学で借りていた奨学金だ。
友人にも少しばかりのお金を借りている。
少しずつ返している。

母から譲渡された持ち家の管理費もある。
持ち家なのに意外と高い。
名義が僕になり、来月から支払い始める。

仕事はしている。
もちろん
給料が振り込まれていたら嬉しくもなる。

ここ2ヵ月はひとりで外に出ず仕事をしているが、やっぱり会社に行くのが好きだ。


寝ぼけながら朝ごはんを食べて
電車に揺られて会社へ向かう。
だいたい本を読んでいるか
放送大学のテキストで勉強しているか。
憂鬱な日には音楽を聴いている。

昼休みに近くなれば
昼飯について思いにふけはじめる。
まぁだいたいは、コンビニ飯か500円ハンバーグランチ。
金曜は贅沢に大戸屋と決めている。

面倒くさい時はもちろんあるが
仕事をしなければ僕の人生は一気に暇とかし
思考の対象がひたすら内に向かう。

それに耐える心も正しい思考能力も僕は持っていない

世の中にはいろんな仕事がある。
来た者は拒まずに新しい仕事をどんどんしていきたい。

帰国後には畑作業を
おじいちゃんと二人でやることが決まっているから楽しみだ。

お金ではなく、仕事に興味がある。

お金はその仕事を中心とした生活を営むための道具である。


だから、その仕事が生活と密接に関わるものであればあるだけ喜びは増すだろう。

僕は文章を書くのが好きだ。

今のウェブライターという仕事は案外合っている。
商業的な記事しか書かないが、今はそれでいい。
書きたいことはこのブログに書けるから。

こんな青二才が書いた文章を誰が読む?

競争を不得意とする僕はそれを考えない。