経験を拠り所としない創造

小説を書こうと思ってから1年が経とうとしている。

都内ベンチャーインターン生として
ゴミみたいな記事を乱作していたときだ。
気が付いたら
文章を書き続ける辛さから
タバコが日常的になったときでもある。

髭も生やしはじめ、風貌は作家風になっていた。
現実は劣悪な記事を大量生産するただのウェブライターだ。

仕事とは別に
日記としてブログを書き始めた頃でもあった。

書くことが心の癒しになることは知っていた。

その延長線上として小説を書こうと思った。

そして書き始めた。

結論から言ってしまえば
日記ブログの延長線上に小説は存在しなかった。

最初の作品は僕の14から19歳までの生活を題材にした私小説

流れで書き始めたが、結局頓挫した。
その次も、同じ私小説のようなものを作り始めたが、これもまた駄目。

「今までしてきた経験って大したことないんだな」

小説を一本も書けないことで僕はそう感じることになった。

“この年にしては色々経験してきた”
僕は自惚れていた。

なぜそう思っていたのか。

それは単純に生きてきて辛いと感じることが多かったからだ。

つまり
そんな過去を経験と美化することで
自分に自信を持たせようとしてきたのだ。


しかし、そんな経験をかき集めても
一本の小説にすらならない。

そして肝心なことに全然面白くないのだ。

僕の人生はそんなに面白くないんだな。

書くネタが尽き
私小説が未完で終わることを繰り返し
そう気が付いた。

「過去の経験に頼ればいつか倒れる」

もう私小説は書けない。

では、一本の小説を書くにはどうしたらいいのだろう。


そう考えて初めて
自分に対する強い意識はとても脆く
創造性の源泉ではないことに気づく。

美化された経験は負債となる。