明日のためには頑張れない

計画を立てるのが苦手だ。

ある目的のために踏まなければいけないプロセスを細分化し

ひとつひとつ確実につぶしていくことが驚くほどできない。

部屋はいつも散らかっている。

この文章も、昨晩の食べ残しのグラタンとウーロンハイの空き缶そして書類に占領されたテーブルで書いている。

何かをある基準値で保つこともできない。

外に出ればそれなりにできるフリはできる。

しかし、できるフリでつぶしが効くのはだいたい3ヵ月が限度だ。

それ以降からはできるフリによるストレスに

耐えることができなくなってしまうのでだいたいフェードアウトして終わる。

なぜか?

社会は常に明日のために動いているからだと思う。

ここでいう社会は人が集まる集団のことだ。

集団では機能を維持するために常に明日を考えなければならない。

明日の集団の存在を確かなものにするためには

個々が責任を果たす必要があるから

「めんどくさいから明日やろう」は通用しない。

今日やらなければ明日はない。

だから、課せられた責任を果たすことに重きを置き、気づけば膨大な時間が過ぎている。

集団に入ってでも成し遂げたいことがあるという状態を僕は体験したことがないから、それがどれだけ素晴らしいなのかは知れない。

知っていることはただひとつ。

今の僕は明日のためには頑張れない。